KASAMATSU KEIKO
はじめに
みなさん、歯科医院には定期的に行かれていますか?
子供の頃は、学校で毎年定期健診がありましたので、虫歯があると分かれば、すぐに歯科医院へ行って、治療をされていたと思います。
大人になると、どちらかに分かれますね。
定期的に検診を受けている方と、虫歯がひどくなって、歯に大きな穴ができてから、また歯茎が腫れて痛くなってから、ようやく重い腰を上げて、歯科医院へ行くという方です。
お勤めをしていれば、日中に時間を取って歯科医院へ行くというのも難しいこともありますね。また、歯が少々傷んでいても生活にはさほど問題ないと思って、後回しにされる方も多いのではないでしょうか。
実はそれは、大きな間違いです。
若いうちはいいかもしれませんが、高齢になった時に、そのつけが一気にやってきます。
口腔ケアを怠ることで、重大な病気を引き起こすこともあるのです。
「え、そうなの!?」「そんなの知らなかった!」
という声が聞こえてきそうですが……。でも安心してください。
この本では、後から後悔しないために、なぜ歯を大切に、健康にしていなくてはならないのか、そのケアをどうしたらいいのか。
そして「訪問歯科」について、詳しくお話ししていきます。
まずは、わたしのこれまでの経歴をお話ししましょう。
出身は栃木県です。元々、実家が歯科医院で、祖父と父が歯科医師でした。
子供の頃は、特に歯科医師になろうとは思ってはおらず、『インディジョーンズ』に影響を受けたわけではありませんが、「考古学者」になりたいという夢がありました。
考古学や歴史に関する小説を読むのが好きで、いつかは自分で何かを発掘してみたいなと思いを馳せていた女の子でした。
でもいざ、将来をどうするのか、進路の選択を迫られた時には、歯科医師を目指すようになっていました。環境もあったと思いますが、両親に認められたいという思いが強かったのかもしれません。
高校卒業後、東京の歯科大学に入りました。
わたしが入学した頃は、バブルの真っただ中でしたので、毎日が楽しく、本当にバラ色のような日々でしたね。
夏はテニス、冬はスキーという、当時よくあったサークルを楽しみ、夜は六本木で遊び、女子大生生活を謳歌していました。でももちろん、勉強もしっかりしていました。留年することなく、歯科医師国家試験に合格し、研修医を経て、晴れて歯科医師となりました。
初めは、一般歯科のクリニックで働きました。数年働いたのち、大学時代に出会った夫と結婚し、二人の子宝に恵まれました。
出産してからは、一度歯科医師の仕事はお休みして、育児に専念しました。その間、6年ほどのブランクがありました。
下の子がちょうど小学校に入る頃でしょうか。大学の同級生から声をかけられました。
「週に1日でいいから、働いてみない?」
当時、その同級生は「訪問歯科」を専門に行う、法人の会社に歯科医師として勤めていました。主に老人ホームや病院などを回るクリニックでした。さらに同級生は言いました。
「早く帰れるよ」
その言葉がとても魅力的だったのは、言うまでもありません。
普通の歯科医院だとどうしても、診察時間の関係で、夜8時近くまで働かないといけませんが、この会社は、週1日のスポット勤務でいい上に、早く帰れると言うのです。
これなら、子育ての両立もできると思いました。
そのご厚意に甘えさせてもらい、一年目は週1日の勤務、次の年は週2日、その次の年は週3日と増やしていきました。四年目になる頃には、下の子も大きくなって、留守番ができるようになったので、フルタイムで働くようになったのです。
そしてわたしは、訪問歯科専門の歯科医師となっていました。
それから20年ほどが経ち、現在は訪問歯科をメインにやっているクリニックで院長をしています。
先ほどから「訪問歯科」という言葉が何度も出てきていますが、初めて聞いたという方も多いのではないでしょうか。
詳しくは本文でお話しさせていただきますが、わたしの周りでも、「訪問歯科って何?」という方がとても多いです。
まずはその現状を何とかしたいという思いが、この本を書くきっかけとなりました。
ご家族に介護を必要とする人がいれば、想像しやすいと思いますが、おむつを替えるとか、お風呂に入れてもらうとか、身体のケアのサービスはいくつもありますね。
もちろんドクターや看護師、言語聴覚士、理学療法士、作業療法士も入ります。時には精神科、皮膚科、漢方の先生、管理栄養士さんは介護食の作り方や食べさせ方の指導をしてくれます。
歯の治療や口腔ケアもその中に、当然必要なのですが、なぜだかいつも、一番最後に入ることが多いのです。
やはりそこには、訪問歯科の認知度不足もあると思います。
介護を受けて生活している方が、毎日生きる中で何が楽しみかというと、「食べること」が一番の楽しみだと思います。
でも、虫歯があって、歯が痛かったとしても、本人が何も言わなければ家族は気が付きません。入れ歯が壊れたまま、口の中に入れっぱなしということや、入れ歯が入っていたことすら、知らなかったということもあります。
そんな状態では、食事もままならないでしょう。そういうことをひとつでもなくしてあげるために、訪問歯科があります。
まずは、訪問歯科とはどういうものなのか知っていただき、さらには歯を大切にしておけば、こんなにいいことがあるんだよ、ということを知っていただければと思います。
どうぞ最後まで、ごゆっくりお読みください